大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所 昭和33年(う)488号 判決

被告人 高橋太一 外三名

主文

原判決中被告人高橋太一に関する部分を破棄する。

被告人高橋太一を懲役一年に処する。

但しこの裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は別表のとおり同被告人の負担とする。

被告人吉田修蔵、浦田達男、米沢鉄志の本件各控訴はこれを棄却する。

当審において国選弁護人に支給した報酬等の訴訟費用は被告人吉田、浦田、米沢三名の連帯負担とする。

理由

第三、原田弁護人の控訴趣意書中の同第三点について、

所論は原判決が、所得税確定申告に関する本件無申告や虚偽過少申告を処罰したことは、憲法第三八条第一項の禁止に違反したものであると主張するのである。しかしながら、同条第一項にいわゆる「自己に不利益な供述」とは、自己の刑事責任に関する不利益な供述(すなわち有罪判決の基礎となる事実や量刑上不利益な事実の供述)を指し単に財産上不利益を来たす事実の供述の如きは包含しないものと解すべきであるから、申告納税制度の下における所得申告の如く、憲法の規定する納税義務を前提とし、その税額を決定するために所得の申告を求めるが如きは、同条にいう「自己に不利益な供述」には当らないものである。従つて所論は、同条第一項が刑事手続のみに関するものであるか否かを論ずるまでもなく(問題はその供述のなされる手続よりは、その供述の内容にある。)失当である。

第七、原田弁護人の控訴趣意書中同第七点、神田弁護人の控訴趣意書中同第三点及び両弁護人連名の控訴趣意補述書第三点について、

所論は原判決が本件無申告及び過少申告を、所得税法第六九条第一項にいわゆる、詐欺または不正の行為によつて所得税を免れた場合に当るものと認定して、同条を適用したことを非難し、事実の誤認または法令適用の誤りを主張するものである。しかしながら

(一) 所得税法第六九条の四(もとより行為時法による)の単純不申告罪は、何等不正の行為を伴わない、単純な不作為による無申告を処罰する規定であつて、不正な行為を伴う無申告は、同条の適用を受けるものではなく同法第六九条第一項によつて律せられるものである。しかるに被告人等は、本件組合が企業組合としての実質を備えず、いわゆる営業所における事業が、依然として個人営業の域を出です、その所得もまた実質上その組合員個人に帰属するものであることを認識しながら、所得税の申告に当り、敢えて企業組合という形式や右形式に副うように作られている帳簿その他の経理関係資料を基礎として、実質上各組合員に属する事業所得を企業組合自体の所得として計上し、組合員はただ組合から俸給額相当の給与を受けているに過ぎないもののように装つて、いわゆる免税額に照らし、不申告又は虚偽過少の申告をしたものであるから、たとい本件組合が法定の手続を経て形式上適法に設立せられたものであり、またその不備欠陥について中小企業協同組合法第一〇六条の現実の発動がなかつたとしても、本件無申告又は虚偽過少の申告を以つて、不正な行為によるものと認定する支障とはならない。また所論更正手続や無申告に対する決定手続は、税収確保のために不正の申告または無申告の対策として規定された更正の手続であつて、そのような規定のあることから、無申告は罰せられないとか、或はその態様の如何にかかわらず、第六九条の四の罪に該当するに過ぎないというような結論を引出すことはできない。

(二)  また所論はいわゆる所得税の逋脱犯は、単に無申告や虚偽過少の申告のみで成立するものではなく、所得税を免れたとするためにはすくなくとも法定納期を徒過したことを要すると主張するのである。なるほど、逋脱犯の成立時期については見解の分れるところであるが、所論のように解釈することが、最も確実で無難な立場といえるだろう。原判決がいずれの見解に従つているのか、その事実摘示の判文だけでは、やや不明瞭ではあるが、挙示の証拠によると、本件の場合は単に無申告または虚偽過少の申告だけに止まらず、正しい納税をしないままで法定の納期である昭和二八年三月一六日(昭和二八年分所得税の臨時特例等に関する法律第三条、第四条)を徒過しているものであることが明らかであるから、仮りに原判決が逋脱犯の成立時期についていずれの見解に立つていたとしても、本件にあつては格別重要な意義を持たないものである。論旨は結局理由がない。

第九、右控訴趣意第五点について、

所論はいわゆる実質課税の原則に関し、同原則は本件申告当時には存在せず、その後昭和二八年八月七日の税法改正によつて新設せられたものであるから、これを遡及適用して組合員個人の納税義務を認め、被告人等を逋脱犯として処罰した原判決は、憲法第三九条及び第三一条に違反するものであると主張するのである。しかしながら、実質課税の原則なるものは、租税制度における最も古くかつ重要な、公平負担の原則の一面として、法律上の明文の有無にかかわらず、何人の承認をも受くべき基本的な条理であるばかりでなく、既に本件行為時の所得税法第四条により税法上の原則として承認されているところであつて、所論所得税法第三条の二等の法条は、ただこれを一層明確にした、いわば確認的な規定に過ぎず、所論のような創設的な規定ではない。原判決は右のように古くから条理として存在し、かつ既に所得税法第四条の明文によつて承認されている実質課税の原則によつて、納税義務の所在を決定した上、同法第六九条第一項に照して被告人等を処罰したもので、決して所論にかかる所得税法第三条の二を遡及適用したり、法律によらずして人を処罰したものではない。論旨は理由がない。

(その余の判決理由は省略する。本件は量刑不当で一部破棄自判。)

(裁判官 村木友市 渡辺雄 幸田輝治)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例